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我田引鉄【がでんいんてつ】

★鉄道を引っ張ってくるのは有力政治家の条件なのか


 北陸新幹線が金沢まで開通し、残る新大阪までの区間の建設と全線開通がいよいよ現実味を帯びてきましたが、具体的なルートを巡り、またぞろ地元の我田引鉄合戦が始まっています。我田引鉄というのは、我田引水をもじった造語ですが、明治から100年を超える鉄道と政治の関係の中で、もはや原語以上のポピュラリティを帯びるに至っています。


 我田引鉄は、基本的には日露戦争(1904年~)を機に鉄道の国有化政策が採られて以降の話です。私鉄では、需要を無視した赤字線など引けませんが、「他人(ヒト)の金」で鉄道が引ける国鉄の場合、ルートや駅の決定を巡って政治家が暗躍、というか、地元有権者へのアピールもあるので、裏も表もなく明躍するようになります。そして、それに成功した政治家は、利権拡大の好循環の拡大再生産というわけで、さらに影響力を強めるようになり、鉄道を引っ張ってくるのは有力政治家の条件とされるまでになりました。


 我田引鉄の基本は、引鉄予定地の土地を身内(本人、家族、ペーパーカンパニー、有力後援者・企業等々)で安値で買い占めておき、新駅ができて地価が上がったところで売るというものです。また、鉄道用地については、先回り買いを進めるだけでなく、その後も身内で形式的に転売を重ねて相場を釣り上げ、用地買収時の算定額を水増しするという「土地転がし」の手法が採られました。さらに、建設工事については後援企業の受注を働きかけ、開業後の新規雇用にも口を出すことで、鉄道利権は何重にもしゃぶり尽くされました。そんなツケが積もり積もって、旧国鉄の莫大な累積債務となったわけです。


 その負債を強引に整理して始まった新生JRでしたから、以前のように簡単には引鉄できません。しかも在来線には、そこかしこに引鉄の名残の赤字線が残ります。それでも鉄道錬金術の味が忘れられない政治家達は、整備新幹線にその望みを託し、跳梁跋扈を続けてきました。その過程で、当事者間に限定された経済合理性の原理で新しい引鉄システムに移行していきました。


 政治の側が用意したのは、赤字線の負担軽減と建設費の肩代わりでした。これにより、JRは全国の赤字線の切り捨て(=三セク化による地元押しつけ)を進めることができ、また新幹線建設後の並行在来線も、たとえば東北本線は盛岡以北が三セク化されるなど、同様の処理が原則となりました。


 しかし、三セク化すると軒並み運賃が跳ね上がるので、地元の経済には長期的には悪影響の方が大きく、地方の衰退が進む中で以前のような地価上昇の効果も望み薄です。そのようなわけで、政治家の側も利権のターゲットを建築費に絞るようになり、かつて道路特定財源で濫造が進んだ地方の高速道路と同様に、整備新幹線も、本音の部分では使うことより作ることに主眼が置かれるようになりました。


文・土屋彰久(政治学)