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希望の党 【きぼうのとう】

★新党キボンヌ・・・「非自民非革新」の保守不満層


 希望の党を生んだもの、それは一言で言えば保守不満層のドクタージプシーです。始まりは日本新党にまで遡りますが、考えてみれば小池都知事の政治家人生第一歩も日本新党からでした。当時は、まだバブルの余韻も残っており、負担の押し付け合いが今ほど深刻ではなかったので、不満と言ってもまだ軽いものでした。ただ保守政治というのは、基本的に経済強者優遇で格差を維持・拡大していくものなので、景気が後退していくと所得が下の階層ほど割を食う度合が強くなるため、中低所得層はいくら保守政党を支持しても不満は拡大していくことになります。


 ちなみにその象徴は、所得が低くなるほど担税率が上がるという逆進性を持つ消費税で、実際、日本の保守政党はどれも消費増税を進めてきました。日本新党も、細川首相が深夜の記者会見で国民福祉税構想を打ち出したりしましたね。また民主党も、公約破りの消費増税に踏み切っています。


 こうした事情から、最初は自民党政治には飽きたが社共に入れる気にもなれないという、「非自民非革新」の保守不満層の形成が進み、無党派層内の自覚なき最大勢力となっていきます。その後、日本新党の消滅後に保守不満層の受け皿を目指したのが小沢グループでしたが、社民党の迷走・分裂・崩壊で、同党系議員を多数抱え込み、無党派層内第二勢力となる革新不満層までウィングを広げた民主党が、保革両不満層の受け皿として野党第一党となります。そして、北朝鮮の拉致問題表面化で社民党がエンガチョ化したチャンスに、小沢グループが民主党に合流し、この右シフトにより民主党の保守体制が確定しました。それまでは、社民党が先に合流していれば、中道穏健左派政党になる目がありました。


 その結果、政権交代は果たしたものの、党内の主導権は保守系グループに握られ、民主党らしさとして自民党よりはリベラルな政策も採られましたが、基本線は常に財界の採点を気にするような保守路線が維持され、やはり中低所得層の不満は解消されませんでした。特に、財政健全化にこだわる経済右派政策の傾向は、支持層の離反に拍車をかけました。


 次いで保守不満層の受け皿に名乗りを上げたのが、典型的な右派ポピュリストの維新で、一時は退潮著しい民主を抑え、野党第一党の座を占めるほどでした。しかし、イデオロギー的にも政策的にも自民に近すぎ、実際の議会活動では事実上、自民の補完勢力となり、やはり支持層の期待には応えられず、勢いは続きませんでした。


 ここで都民ファーストの会、そして希望の党の登場となったわけですが、もう最初から期待に添えそうにはありません。ただこれは、政党の側よりも有権者、具体的に言えば保守不満層の投票行動に根本的な原因があるといってよいでしょう。この層の経済的利益に直結するのは、直接的な税負担を軽減し、さらに個人消費拡大による景気浮揚効果の大きい消費減税です。そしてそれにつながる投票先は共産党しかありません。しかし、共産党アレルギーが強すぎ、実際の投票行動は非自民非共産の枠から出られません。あるいは、家からも出ずに無投票で終わります。夜店のくじ屋じゃないけど、最初から大当たりは入っていないんです。でも、、、客は祭りのたびにやってくるので、空くじ屋は商売を続けるわけです、<プレステ4は絶対当たらないけど、ハンドスピナーは当たる>ぐらいの加減で。


文・土屋彰久(政治学)   2017.10.23